UAEに使用する塞栓物質とその保険適応について
・子宮動脈塞栓術(UAE)での塞栓物質の役割
当院ではUAE(Uterine Artery Embolization, 子宮動脈塞栓術)に使う塞栓物質にゼラチンスポンジを採用しています。
ゼラチンスポンジは日本の放射線科医の間では長く使われてきた歴史があり、主に肝臓癌などの治療として数えきれない数の患者さんに塞栓術で使われていたものです。
ゼラチンスポンジはタンパク質を原料に合成された医療器具で、体内では分解されて、時間が経つと吸収されて消えてしまいます。消えてしまえばもう体への影響はありません。ゼラチンスポンジが吸収されるまでの時間は約2週間です。この時間が長いか短いかというと、十分に長いです。
子宮筋腫に栄養と酸素を送る役割である血液の流れを遮断してしまって、筋腫を壊死(えし)に至らせるのがUAEの原理です。血液の流れを止めるのが塞栓物質の役割です。ゼラチンスポンジは血液を凝固させる働きがあり、抗がん剤のように腫瘍を壊すような薬効はありません。子宮筋腫が壊死するには24時間、血液を遮断すれば良いのです。子宮筋腫が一旦壊死してしまった後は、それまで筋腫に栄養を送っていた血管もつぶれてしまって血液は二度と流れなくなります。つまり一度壊死した子宮筋腫が生き返ることはありません。
・ゼラチンスポンジを使うようになったきっかけ
ゼラチンスポンジは出血している部位に対して体の外からあてて血液を凝固させる使い方が本来の承認された使用法です。大きさを細かくしてカテーテルに入れて塞栓術に使うという使い方は放射線科医が考えた応用法でした。ゼラチンスポンジと同等の使い方や効果を発揮できる塞栓物質は長らく開発されなかったため、肝臓癌などの治療では長期にわたってゼラチンスポンジをカテーテルから流す方法が行われていました。この方法を子宮筋腫にも使ってみるととても良好な治療結果が出たので、日本でもUAEが全国的に普及するようになりました。1990年代後半の頃の話です。
・日本でUAEが行われるようになった初期の頃
日本でUAEが広く行われ始めた頃、UAEは健康保険適応でできていました。メディアにも取り上げられました。しかし、2000年くらいになって、次第に保険が通らなくなるように変わって行きました。この高い治療効果と満足度の得られるUAEという治療が保険適応になれば多くの患者さんのためになりますから、保険適応となる前段階として先進医療にするべく、岡山大学からゼラチンスポンジを使ったUAEが先進医療になるように申請が出されました。残念ながら申請は通りませんでした。 UAEという治療が不完全であるとか、ゼラチンスポンジに体への害があるという理由ではありません。 理由はゼラチンスポンジを血管の中に入れて使うことが正式に承認されていないからでした。では代わりのものがあればそちらを使ってUAEをしたらどうかという発想になりますが、そもそもゼラチンスポンジをカテーテルから血管内に投与して血流を遮断するような使い方が放射線科で生み出され普及した背景には、代わりの塞栓材料がなかったからです。
・先進医療にならなかったUAE
先進医療にならなければそのまま保険適応になる見込みはまずありません。日本中でUAEを盛んに行っていこうという気運が90年代終わり頃にはありましたが、2000年代に入って、保険が通らないのならUAEをやめるという病院が相次いで、UAEをする病院の数はみるみる減って行きました。その後、ゼラチンスポンジ以外で子宮筋腫に使える塞栓物質は無いまま時間が経過しました。自費で行っている医療機関に限ってUAEは継続されていましたので、UAEを行っている施設がない都道府県も少なくありませんでした。
・エンボスフィアの承認
2014年に、米国のFDAに承認されているからということでエンボスフィアという塞栓物質が突如日本でも子宮筋腫を含む多血性腫瘍に対する塞栓物質として保険承認されました。これ以後、エンボスフィアを使えば健康保険適応でUAEができるようになりました。患者さんの費用的負担の面からは福音と言えるでしょう。
・ゼラチンスポンジかエンボスフィアか
当院ではなぜエンボスフィアに切り替えずにゼラチンスポンジを使ってUAEをし続けているかということについて以下に触れます。体の中で溶けるか溶けないかと、X線透視での見え方の違いによる手技への影響について、主に述べます。
ゼラチンスポンジが体内で吸収されて消失してしまうのに対して、エンボスフィアは溶けません。生涯体内に残ります。ただし、エンボスフィアが体内に残っていることによる健康被害は報告されていません。このことは、用が済んだら消えてしまったらよいのにという感覚的な話に過ぎないかもしれません。欧米では溶けない物質を使うのが一般的です。日本では長らく溶ける物質を使ってきたので、溶ける方が良いような心理的背景があるかもしれません。事実、患者さんのなかにはご自身で塞栓物質の性質を調べて、体に残らない物質を希望すると言われて来院される方がいらっしゃいます。
次はX線透視を見ながら行う手技であるUAEをする側の立場からの意見です。
それぞれの塞栓物質はもともとX線に写りませんので、透視で見えるようにするために造影剤と混ぜて使います。ゼラチンスポンジには造影剤がしみ込みます。一方エンボスフィアには造影剤が内部まで浸透しません。この違いによって、X線透視を見ながら行うUAEという手技においては、それぞれの塞栓物質の使い勝手が違ってきます。透視を見ながら塞栓物質を流す手技中には、X線に写る造影剤の動きが治療の進行度合いを判断する鍵となります。ゼラチンスポンジを流す場合は見えているものがゼラチンスポンジ自体です。どこにどれだけ流れて行っているかは見ての通りです。エンボスフィアはX線に写りませんが造影剤と混ぜて流すことで、造影剤の動きの中にエンボスフィアの粒子が含まれていると想像することができます。ところが、造影剤の流れからはぐれるようなエンボスフィアの粒子があったとしても見えません。一時的塞栓物質であるゼラチンスポンジでも、目的とする子宮動脈以外の血管に流れるのは望ましくありません。永久塞栓物質であるエンボスフィアも当然ながら子宮動脈以外には流れることを避けるために細心の注意を払う必要があります。
ゼラチンスポンジでのUAEを行う際の治療終了は血管の流れが止まった時点で直ちに判断できます。エンボスフィアの場合は、血管の流れが遅くなってきたら5分待ちます。それから血管造影をして血管が残っていたら追加をします。追加したら5分待ち、血管造影をするという作業を繰り返します。このために手技の時間は長くなります。造影剤使用量が多くなって腎臓の負担が増えます。被曝量も多くなってしまいます。
それぞれの性質の違いを述べてきましたが、エンボスフィアでもゼラチンスポンジでも、どちらの塞栓物質を使うにしても慎重な操作が必要です。エンボスフィアが保険適応であることは良い面です。ゼラチンスポンジは保険適応外とわかっていますが、使い勝手の違いは大きいです。なにより重要なのは術者の習熟度です。これまで1400件以上にゼラチンスポンジによるUAEを実施してきました。使い慣れた方法で安全かつ効果的な治療をこれからも続けていきます。