

当センターでUAEを受けられた方のお声を掲載しています。
また、ホームページの掲示板では、一般の方からもご質問をお受けし、回答しています。
この方は子宮全面に小筋腫がびっしりと無数にあるタイプでしたが29ヶ月で自然妊娠されました。
いわゆる超多発瀰漫性でこのタイプでの初めての妊娠例でした。ご主人のお仕事の関係で米国での出産となり報告を頂きました。初回妊娠が帝王切開のため今回も予定帝王切開になったようです。
ご無沙汰しています。
7月21日に39w2dで3100グラムの元気な男の子を帝王切開でボストンにて出産しました。
全く問題ない出産と経過だったのですが、生後4日の私の退院の朝、黄疸のため息子の退院が延期になり、その後の検査で低体温と低酸素血症が見つかりNICUに入院になってしまいました。症状から脳への感染症の疑いということで脊髄液の培養をしてネガティヴ、甲状腺機能低下症の疑いで検査してネガティヴ、と色々調べても原因がわからず、結局母乳が少し肺に入ってしまっていることが原因だったようでミルクをネクターぐらいの粘度にして与えたらすっかりよくなり退院できました(4週間かかりました・・・)。今は母乳で完全に健康体で今朝初めての微笑みもみられました。
私の筋腫も確認できないぐらい子宮内はきれいだったそうです。(日本での診察時には子宮の下の方に筋腫が再発していて妊娠初期に経膣から赤ちゃんを確認できなかったのですが、そのせいかはわかりませんが最後まで赤ちゃんは逆子でした。)術前から術後にいたるまで全く痛みはなく、出産翌日の朝にはハンバーガーを食べるぐらい元気でした。病室も広い個室で快適で至れり尽くせり、アメリカでの出産はほんとに楽だなあと実感しました。
先生方のお陰でこんな可愛い赤ちゃんを産むことができて、ほんとに感謝の気持ちでいっぱいです。UAEを受けてほんとによかったです。出産経過も問題なかったらもっと他の方の参考になったと思うのですが、こちらの産科の担当医からは、時々そのような赤ちゃんがいるのだろうけど普通に退院して気づかれず成長しているのではないかなと言われました。実際黄疸がなかったらうちの子も退院していたわけですから。
とりあえずご報告とさせていただきます。
ありがとうございました。
2009年3月の人間ドックで、水腎症(腎臓でつくられた尿が膀胱におりて行かず腎臓が腫れている)であることが判明。原因は巨大化した子宮筋腫でした(筋腫が尿管を圧迫し尿の流れを妨げていた)。その時の私は、妊婦さんに間違えられる程お腹が出ていました。
当然のことのように子宮全摘を勧められ、そのつもりで準備していましたが、ご縁あって吉野内先生、田頭先生にお世話になることになりました。
2009年6月、腎臓を守るため尿管ステント留置(尿管が潰れないように尿管の中に管を入れる)、同7月にUAEを受けました。
入院中のことは過去たくさんの方が書かれていますが、私の場合は他の方よりも回復の速度が遅かったように思います。右足に麻酔薬が集まってしまったのか(←私がそう思っているだけで原因はわかりません)手術の次の日は右足の感覚が全く無く、歩くどころか立つことすらできませんでした。
食事も、今思い出してみると病院食とは思えないおいしそうなメニューだったのですが、においを嗅ぐだけで吐き気がして食べることができず、毎食少しずつ出る果物と、自分で持ち込んだ水だけで生きていました。背中に刺していた麻酔の針を抜く日も、何度トライしても痛みがぶり返し、夜になってやっと抜くことができました。
退院の日も、誰が見ても病人、本当にフラフラでした。
自宅療養1日目。熱もあり、痛み(おしりの奥、たぶん子宮)もかなり強く、どうにかベッドから起き上がることはできても、最低限の家事すらこなせないような状態でした。2日目も3日目も同じでした。退院時にいただいた鎮痛剤(ロキソニン)がなくなると痛みはさらにひどくなりました。市販の鎮痛剤が全く効きません。何種類も試しましたが、どれもダメでした。
結局、吉野内先生に処方箋を送っていただき、ロキソニンを使うことにしました。体調が良くなる気配もないまま1週間、2週間と過ぎてゆきました。そしてその頃から、濁った緑色、悪臭のするドロッとしたオリモノが出るようになりました。
8月の1ヶ月検診。このようなオリモノは「感染」ということでしたが、検査してみると感染のレベルを表す数値はそれほど高くなかったので、感染の一歩手前?弱感染?という感じだったのでしょうか…?
その日、子宮内の膿を出してもらうと急に体調が良くなりました。が、膿はまたどんどん出てくるのでこれで終わりではありません。子宮内に管を入れ、膿が外に出やすいようにしてもらいました。
私の筋腫はこの時点ではまだとても大きかったので、感染が広がってしまった場合、感染した壊死筋腫を下から出すことができません。つまり、もしそうなったら、せっかくUAEを受けたというのに子宮を摘出しなければならなくなるのです。高熱が出たらおしまい、という状況でした。吉野内先生とケータイの番号を交換し、緊急時すぐに連絡がとれるようにして家に帰りました。
こんなギリギリの状態ではありましたが、膿を出してもらったおかげで、とりあえず熱と痛みはロキソニンの服用でなんとかコントロールできるようになりました。少々無謀でしたが、仕事の方もクビ寸前でしたので無理して復帰することにしました。ロキソニンでは熱が下がらない時には座薬を入れて出勤しました。
それから約1ヶ月の間ロキソニン漬けの生活をしていましたが、ある日、薬が切れた時の痛みが以前よりも軽くなっていることに気付きました。そこで、ロキソニンは仕事の時だけ使うことにして、鎮痛剤卒業を目指しました。
それからしばらくして鎮痛剤なしでもなんとかなるようになった頃、オリモノにも変化があらわれました。濁った緑色、膿の色からサーモンピンクになり、においもなくなりました。まだまだ油断はできませんが、危機から少し遠ざかったような気がしました。
この間、2回、膿を出してもらいに岡山まで行きました。本当は膿を出したあと子宮内を洗浄するらしいのですが、あまりにも筋腫が大きくて(子宮内にスペースがないため)できない、とのことでした。生理は毎月来ていたので(ただしサーモンピンクのオリモノに混じった濁った血)、それが子宮内の掃除に少し役立ったようです。おへその上まであった筋腫は、少しずつ小さくなりながらいろいろと位置を変えていっていました。
11月に入り、熱は平熱、痛みもなくなり、あとはオリモノが出なくなるのを気長に待つだけ、となった頃、今度は今まで忘れていた尿管ステントが痛み出しました。2本のうちの片方、腎臓の状態が深刻だった方だけが痛かったのですが、それは、尿管と管が擦れている、という感じの今まで経験したことのない痛みでした。
24時間常に痛みと戦っている状態でかなり辛かったのですが、もう鎮痛剤には頼りたくなかったので、どうにか鎮痛剤なしで耐えました。私を苦しめた尿管ステントとは、12月にサヨナラできました。そして1月に残りの1本を抜き、2月に腎臓の働きが正常であることを確認して、水腎症は完治。今度こそ本当にオリモノが止まるのを待つだけになりました。
壊死した筋腫のかたまりが排出されることがあると聞いていましたが、私もそういうことが3回ありました。ニワトリが卵を産んでいるような感じでポンっと勢いよく何かが出てくる不思議な体験でした。そして、その3回目のあと、8ヶ月もの間ダラダラと続いていたオリモノがついに止まったのです。3月20日のことでした。
子宮筋腫がずいぶん大きくなってしまったなぁとは思っていましたが、まさか腎臓が瀕死の状態になっているとは思いませんでした。駅の階段をのぼると心臓が痛くなるほどゼーゼーしていましたが、太った(筋腫が大きくなってお腹が出た)せいだと思っていました(本当は重度の貧血)。
生理は、昼間でも夜用ナプキンを使わなくてはいけないほど量が多く大変でしたが、閉経までなんとかがんばろうと思っていました。でも今は、そのすべてが改善し、快適な毎日です。お腹に傷もなく、子宮も失わず健康を取り戻せるなんて、本当に幸せです。
千葉から岡山まで治療に行くと聞き、家族は驚いていましたが、反対はしませんでした。保険がきかない治療法だと聞いても反対しませんでした。その点でも私はラッキーだったと思います。
壊死した筋腫が体内に残ることを嫌う方もいらっしゃると思います。婦人科で紹介してくれない治療法であることなどに不安を感じる方もいらっしゃると思います。いろいろな考え方があるとは思いますが、少しでもUAEに興味を持たれた方には、私はUAEを選択することを強くお勧めしたいです。今現在迷っている方は私のMRI写真をご覧ください。きっとお役に立ちます。
千葉県在住の私がなぜ関東の医療機関ではなく岡山UAEセンターにお世話になったのか……その理由は、実際に吉野内先生、田頭先生にお会いになればおわかりいただけると思います。医師の言葉に傷つけられた経験をお持ちの方、聞きたいことがあっても質問できず消化不良だと感じたことのある方は、ぜひ一度受診なさってみてください。
最後にもうひとつ、誤解を恐れずに言うならば、吉野内先生、田頭先生にお願いしていなかったら、私のようなケースでは、このように素晴らしい結果が得られなかったかも知れない、と思っています。
吉野内医師による経過補足
この方は、当院での筋腫サイズ上位5名に入るほどの超巨大筋腫でした。たとえどれほど筋腫が巨大でもUAEが有効であることは経験済みでしたが、問題は以下の3点でした。
1.筋腫による尿管圧迫がきわめて高度で、片側は無機能腎(尿鬱滞のため腎臓が尿を作るのをやめた状態)寸前、もう一方も水腎症(腎臓が腫れた状態)である。
2.粘膜下筋腫があり感染の懸念があること、しかも多数の筋腫が次々に連続的に感染する可能性もあること
3.感染を併発した場合、治療には膣から子宮内へのアプローチが必要であるが、多数の巨大筋腫のため子宮口・子宮腔が大きく偏位しており、アプローチがきわめて困難であること
このため、様々な症例を経験した私たちですらUAE適応をためらうほどの状態でしたが、ご本人が治療の必要性を認識しながらも手術・摘出を躊躇してこられた経緯を伺い、条件付きでお受けすることにしました。
1.無機能腎に近い側はもちろん、水腎の側にもあらかじめ尿管ステントを入れること:筋腫の縮小が術後緩やかでもその間尿管圧迫による腎機能低下を防ぐため。
2.感染を併発した場合、最大限の努力はするが治療に難渋したときには全摘も受け入れること。
以上について十分ご理解が得られため、可能な限り迅速なタイミングでUAEを行いました。
入院中の経過は、壊死筋腫がとにかく巨大であったためやむなしとしても、退院後も持続する痛み・オリモノは感染を強く疑わせます。しかしながら、発熱はあるものの高熱ではなく典型的感染とも思えません。また、感染の証拠である検査値あるいは原因菌の存在の証明がされません。
何とか子宮内にドレーン(オリモノの流出を促す管)を挿入できたため、通常行う子宮内の洗浄は行わず経過観察としましたが、感染が高度になれば結局は子宮摘出を勧めざるをえないかと心配しました。ところが、きわめて長期にわたったオリモノも筋腫の自然排出とともになくなり、縮小に伴って水腎も改善するという最上の結果が得られた貴重な症例となったのです。
月経は軽くなって順調だそうですので、もしかして「おめでた」の報告で私たちをもう一度驚かせてくださるのもあり得ない話ではないかもしれません。
田頭医師による画像の解説
【初診時のMRI画像】
多数の筋腫によって子宮が腫大しており、へそを大きく上回る高さまで伸び上がっています。
粘膜下からしょう膜下まで多彩かつ多数の筋腫があり、明らかに子宮内腔に飛び出しているものもあります。
【UAE後 1ヶ月のMRI画像】
多発筋腫は塞栓され、筋腫が縮小するとともに、子宮の位置が骨盤方向に下がり始めています。
子宮内腔に飛び出していた粘膜下筋腫は消えました。
【UAE後 3ヶ月のMRI画像】
子宮の位置がさらに下がり、腹壁の膨隆も軽減しました。
前回までに粘膜下筋腫が消失していたので内腔が確認できていましたが、子宮の後壁にあった別の筋腫が内腔に移動してきてはまりこんでいます。
【UAE後 16ヶ月のMRI画像】
1年前と比べて明らかに筋腫が減り、子宮が小さくなっています。前回子宮内腔にはまり込んでいた筋腫が排出されただけでなく、前壁にあった最大サイズの筋腫も排出され消失したためです。
子宮はほぼ正常の大きさになりました。
結婚後、すぐに子供を望んでいましたが、なかなか妊娠には至らず、検査の結果、大きな子宮筋腫があるとわかりました。
その時は大変ショックでしたが、吉野内先生、田頭先生の丁寧な説明を聞き、リスクも考慮した上でUAEの手術を受ける事に決め、2007年に手術を受けました。
術後は大きな筋腫も少しずつ小さくなり、筋腫による体のだるさなどの症状もなくなり、自分でもびっくりする程、元気になりました。
その後、卵管造影や、通気などの治療を経て自然妊娠する事ができ、8月5日、午前10時40分心配されていた癒着胎盤もなく、帝王切開にて、無事女の子を出産する事ができました。 2416gと少し小さめでしたがミルクもしっかり飲んでくれるのですくすく育っています。
出産前は癒着胎盤の事でいろいろ心配になり、お電話にて相談させていただいた時は丁寧に説明してくださり、精神的にも支えていただきました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
安心して出産に望む事ができました。
これから子育てしていくなかでいろいろ大変な事があるかもしれませんがUAEの手術の事を思えば、どんな事もがんばれるような気がします。
UAEの手術を選択して良かったと思っています。
本当にありがとうございました。
感謝を込めて…
UAE前
私が体の異変に気付いたのは2009年12月のことです。
生理はいつも通り来たのですが、ある日突然何かがどっと出る感じがし、あわててトイレに行くと、換えたばかりのナプキンが真っ赤に染まっていたのです。
また、生理が終わって数日後に不正出血が2、3日続きました。
その時は仕事で忙しく、また海外在住ということでストレスがたまっているんだろうという程度の認識でした。
実は以前から兆候はありました。
1年ほど前から生理前になると妊娠6ヶ月ぐらいにお腹が膨れ上がり、スカートがはけなくなっていました。
また、生理のたびにレバー状のゴロンとした塊が頻繁に出ていました。
しかし私は、「なんか変だな」と思いつつ放置していたのです。
2010年2月に一時帰国をしたので、近所の産婦人科で見てもらいました。
結果は子宮筋腫で、6センチほどになっているとのことでした。
その病院では、「半年かけて注射で治療をする。一時帰国の間には治療できないので、経過観察をしよう」という話でした。
しかし、いったん海外へ戻ると、半年は日本に帰れません。
半年も放置していていいんだろうか。
その間に悪化しないだろうか。
悩んでいると、父が「バスに乗っている広告を見た」と言って岡山UAEセンターのことを教えてくれました。
さっそくホームページを見てみると、
まず、「切らない」「3泊4日」という字が目に入りました。
私は今まで手術を受けたこともなく、2週間後には海外に戻らなければなりません。
すぐに予約を取り、2月16日にUAEセンターへ行きました。
MRIの画像を見て、愕然としました。
子宮上部にできた粘膜下筋腫は腹腔いっぱいに広がって子宮を押しつぶし、背骨にまで当たって子宮が少しへこんでいたのです。
迷っている暇はないと思い、その場ですぐ入院の手続きをしました。
吉野内先生と田頭先生が丁寧に説明してくださり、急な手術のお願いにもかかわらず快く受け入れてくださったので手術に対する不安はありませんでした。
入院中
2月20日。
手術日当日。
手術は30分で終わりました。
麻酔が効いているのでまったく痛みはなく、あっけないほどでした。
病室に戻ると徐々に熱が上がり、真冬だというのに汗びっしょりでした。
痛みも出てきて、ベッドの上でうなっていました。
こんなに痛いのに、退院できて、長時間の移動に耐えられるのかと、不安になってきました。
しかし、自分で麻酔を追加できますし、痛みは「強い生理痛」といった程度なので耐えられない痛みではありません。
また、お二人の先生がかわるがわる様子を見に来てくださり、私の質問にもやさしく答えてくださるので、乗り切ることができました。
四日目には嘘のように痛みが引いていき、無事退院することができました。
重いスーツケースを転がしながらの長距離移動も、全く問題ありませんでした。
UAE後
手術から1ヶ月目
順調に生理が来る。
量は激減、生理痛なし。
腹部の張りあり。
痛みも少々あり。
2ヶ月目
1ヶ月目と同じ。ウズラ卵ぐらいの筋腫の排出あり。
3ヶ月目
量が増え、今までにない強い生理痛あり。
4ヶ月目
3ヶ月目と同じ。500円玉大の筋腫の排出あり。
5ヶ月目
量は先月より減る。生理痛なし。10日ほどだらだらと続く。
6ヶ月目
量は先月ぐらい。2日で終わる。
9月6日。
手術後初めてのMRIを撮りました。
経過観察の必要がないというくらい、すっかり筋腫が消滅していました。
現在体調もよく、趣味のスポーツにも打ちこめて、毎日充実しています。
あのとき、UAEを選択して本当によかった、というのが正直な感想です。
また、担当してくださったのが吉野内先生、田頭先生でなければ、ここまで満足する治療ができなかったと思います。
スタッフの方も親切で、岡山UAEセンターは家庭的で温かい雰囲気でした。
自宅から近い距離にあったことは非常に幸運でしたが、遠方でUAEを迷っている方も、まずは相談してみてはどうでしょうか。
この方は、お仕事の関係でイギリス在住の43歳時、当院にてUAE手術をされました。
その後、44歳でイギリス人の方と結婚(初婚)、45歳(平成22年)で出産という、きわめて順調な経過をたどられました。
お世話になっております。
出産前には、ご回答と温かいお言葉ありがとうございました。おかげで、5月6日午後1時17分、無事元気な男の子を出産しました。
癒着胎盤、前置胎盤の恐れも指摘されておりましたが、それも起こらず、出血量も通常の帝王切開とほぼ同量でした。
また、子供は2,556gと小さめでしたが、もしもう少し大きかったら出産はもっと大変だったと言われました。
H先生にも切開時お世話になり、切開後、吉野内先生をよくご存知である旨お話くださいました。
一昨日での検診では、筋腫は12cmと9cmになっているとのことで、今後少しでも小さくなることを祈るのみです。
本当にありがとうございます。
取り急ぎお礼と報告まで。
術後1週での経過をご報告いただきました。
吉野内Dr、田頭Dr、こんにちは。先週UAEの手術でお世話になりました○○です。
結局、退院翌日から職場復帰しました。多少の微熱とおなかのむくみは2日程あったものの、自分もで驚くほどのスピードでみるみる元気になり、今日に至ります。
本当に先生方のおっしゃった通りで、旦那もこの回復ぶりに目がテンになってます。会社の皆も誰も私が具合悪かったと思っていないようで、昨日のランチは南インド料理の食べ放題に誘われ、がっつりと食べてしまいました。(すごくおいしいんです!)
今の症状は、ごく少量の出血があるぐらいです。明日プールに泳ぎにいっても問題ないでしょうか??
今日も同じ病気の仲間達が手術を受けて、痛みと戦っていることと思います。
心からエールを送ります。皆さんがんばってください!
これから子育てしていくなかでいろいろ大変な事があるかもしれませんがUAEの手術の事を思えば、どんな事もがんばれるような気がします。
UAEの手術を選択して良かったと思っています。
本当にありがとうございました。
感謝を込めて…
岡山在住のサルウサギといいます。
まもなく48歳。未婚。会社員。一人暮し。下肢障害あり。
多発性の子宮筋腫による症状を改善できればと、46歳のときUAEを受けました。
以下、私のUAE体験をご紹介します。
(1)子宮筋腫との出会い
・1990年(34歳)
人間ドックで子宮筋腫の存在と「ニワトリの卵大」という大きさを知らされる。
・2000年(44歳)
右下腹部の硬いしこりが気になり産婦人科病院を受診。
>>両手の握りこぶしの大きさがあり取ったほうがいい。(「何」を取るのかと聞くと事務的に、「子宮」との答え。)
40代半ばまで妊娠・出産しておらず今後もその予定がないのであれば手術を。今なら病床に空きがある。
あわてて以前の病院を再受診。
>>10年の間にニワトリの卵から握りこぶし「1つ」ほどになっている。全摘する人もいるが自覚症状がないのであれば「経過観察」でよかろう。
同時期に受診したのに筋腫の大きさも治療方針も異なっている。
共通しているのは、手術のデメリットに対する見解であった。
>>デメリットはない。入院期間は短いし、術後すぐ回復する。子宮がなくても困ることはない。
どうにも納得がいかない。岡大病院を受診。吉野内先生の診断。
>>ガチョウの卵大。経過観察を。
「なんだ、大したことないじゃない!よかったよかった。」と筋腫のことはそれきり忘れた。
・2002年(46歳)
月経量が増え月経痛がひどくなり、頻尿になってきた。
筋腫の存在を教えてくれた病院で受診(3回目)。
>>「かなり」大きい。放置すれば「いろいろ」面倒なことになる。手術を受ける決断をすみやかにすべし。
ここで初めて事態を深刻に受け止め、また経過観察をしていなかったことを深く反省した。
さらに別の総合病院産婦人科も受診。
>>筋腫はお臍のところまで来ている。ほとんどの産婦人科医が手術を勧めるだろう。
しかし患者は手術を受ければ必ずよくなると期待している。
今本当に苦しいのでなければ、手術で患部が取り除かれたことをプラス評価できず、むしろ手術で状況が悪化したというマイナス評価が強くなるだろう。
放置すれば大出血して緊急入院、即手術になるかもしれないが、注意深く経過観察を続ける方法もある。
子宮筋腫は、医師の的確な診断と助言の下、患者自身が治療法と病院を選ぶ余地のある疾患であることを知った。
(2)UAEとの出会い
この時期UAEという治療法を知る。数少ない実施施設の一つに岡大病院があった。
岡大病院のUAE担当医は吉野内先生。
直ちにUAEの適応になると診断。2年前、全摘手術を避けたいと強く訴えていたことも記録に残っていたらしい。
>>1年前から学内の倫理委員会の承認を得てUAEが行えるようになりました。
ここまで手術をせずにがんばってよかったですね。
と言われる。
そして、「サルウサギの月経期を避け」、「手技を行う放射線科医」と「立会いの吉野内先生」のスケジュールが一致するUAEの日程がトントン拍子に決定。
(3)不安の種ふたつ
1.MRI事件
MRI検査はUAEには「必須」とのことで、造影剤を使って検査する予定だったが、当日は磁力の最も弱い機器で造影剤も使わない単純撮影に急きょ変更になった。下肢障害とも関連する話になるがサルウサギは体内に金属が入っている。実は本来MRIを受けられないのである。
危惧していたとはいえ不安が極度に増大する。必須のMRIが撮れないならやはり全摘手術になるかと思うといてもたってもいられない。吉野内先生にUAEを強く希望している事情を理解していただきたくてメールした。
●下肢に障害があるため、他の健康な人には起こり得ないような予測不可能なトラブルが起きる可能性がある。
●一人暮しなので術後の自宅療養や家事など日常生活の上で何かと不便。
●子宮を嫡出後、喪失感やうつ状態が現れることがあると聞いた。
サルウサギにはそれを克服する自信がない。
吉野内先生からの返事。
>>MRIが必須と言ったのは、筋腫の縮小効果を判定するためにというつもりだった。MRIの有無にかかわらずUAEの適応から除外になる危険はない。MRIが、サルウサギさんのようなケースに必要とされることを初めて知らされた。
やれやれ、一安心。
2.緊急外科手術?
次の診察時、吉野内先生:
>>手技を行う放射線科医の診察も受けておくこと。なお、可能性は低いがカテーテルが動脈を突き破ったら緊急に外科手術しないといけなくなる。それは私が引き受けますが事前に]線検査、血液検査、心電図検査を受けるように。
次なる不安に襲われる。
放射線科のドクターはわかりやすく説明してくださる。そこでサルウサギがさっきの不安の種の話をするやいなや椅子からころげ落ちそうになる。
>>吉野内先生、そりゃないよ!僕がサルウサギさんの血管を破るかも、だって!!UAEの実績は少ないけれど一般的なカテーテル挿入技術は豊富です。私を信用してまかせてください。
と言われ、安心する。よう努める・・・しかないと思った。
4.入院記録(8日間)
▼入院初日(=UAE2日前)
病室は6人部屋。吉野内先生がUAEの当日は他の用事があり立ち会えなくなったとおっしゃる。仰天した。「話が違うよぉ!もともとサルウサギは他の日にしてほしかったのに、『この日なら私もOK。』と言われたじゃない!カテーテルが血管を破って動脈から出血したらすぐさま外科手術にとりかかってくださるんじゃなかったの?!」と抗議したかった。が何も言えない。
▼UAE前日
放射線科のドクターが病室に来てくださる。
>>今のUAEはインターネットやメディアからの情報を得られる限られた人だけが恩恵に浴している。
同感、同感。
夕方になり、昼間麻酔科で処置してもらった硬膜外麻酔用の針が刺さった背中から腰にかけて痛くなってくる。麻酔科のドクターが調整してくださって楽になる。「硬膜外麻酔をたくさんしていますがこんな患者は初めてです。」と言われたがサルウサギにはピンと来るものあり。
「下肢障害のため、腕、肩、腰の筋肉の働かせ方が健常者と異なり、痛みの感じ方も自ずと異なる。」のではないか。素人考えかもしれないが、これこそ懸念していた予測不可能なアクシデントではないだろうか?
担当主治医から改めて病気と処置についての説明を受ける。その後も消灯近くまで麻酔科と放射線科のドクターが来られる。
▼UAE当日
起床後、尿道バルーンカテーテル挿入に続いて術後3日間行われる点滴の針を刺す処置を受ける。が、このお医者さまは傍らの看護師さんに、「この人、UAEなの? UAE? UAEって何?」と質問しながら何度も針を刺し直している。
「なんでこの僕が、この患者に、この処置をしなきゃいけないんだ?!」とでも言いたげな様子がありあり。サルウサギの担当主治医が来ないためで、無理からぬことではある。
果たして術後の点滴は液もれしたのでこのときの処置は役に立たなかった。抗生剤点滴を6回受けたがそのたびに翼状針が使われた。そのうち3回は針刺し能力開発途上の彼だった。
皮内注射2本を左肩に受けるがまだ眠くならない。ここで遅刻の主治医ようやく現れ、放射線の被曝線量を測定するチップをあわただしく膣内にセットし、放射線科の特撮室へ向けていざ出発。
放射線科、麻酔科の先生方は手術着姿でお待ちかね。「サルウサギさん、おはよう。」と声をかけてもらいちょっとうれしい。手技の様子をビデオ撮影してよいかと聞かれ、自分が見せてもらう機会はないけど、まあいいかなと承諾する。
近視用の眼鏡をかけたままでいいと許可を得ているので周りがよく見え、無用の不安がない。
スタッフとアイコンタクトできるのもうれしい。
右大腿の大動脈が穿刺され造影剤が入っていく様子が画面に映し出された頃から眠くてたまらなくなってくる。
「息を吸って〜吐いて〜止めて〜」という指示に従うほかはずっとうつらうつらしていた。
1時間半後に塞栓終了。痛みはまったく感じない。
病棟の回復室に帰って来る。眠くて眠くてすぐ寝てしまう。
ぐっすり眠れたという爽快感で目が覚めるのに時計の針は5分ぐらいしか進んでいない。
ペットボトルのドリンクを曲がるストロー(これは便利)で飲んだり、ボチたまの旅犬「まさお君」の雑誌を見るなどして過ごす。
6時間は仰向けのまま体を動かしてはいけない、という指示は何とか守れた。
夕方5時半、放射線科のドクターから、体を動かしてもいいし歩いてもいいと言われ起き上がってみたものの、目まいと吐き気、さらにはとんでもない大汗が出てきて、ベッドを離れる勇気がなくなる。食欲はない。
この頃から体温が下がり出し、35度台半ばを上下する。掛布団を1枚余分にもらうが寒気はおさまらない。夜中間熟睡できず何度も目覚める。
▼UAE翌日
朝食後病室に戻り導尿カテーテルを抜いてもらう。腹部の痛みはまったくない。歩いても平気になる。熱が38度前後出てきたが全然つらくないし体が熱いという感覚もない。
夕方から徹量の出血。経過良好につき麻酔は明日の昼過ぎ、予定を早めて切ってもらえるそう。
▼UAE2日後
初めて病棟を出て、売店まで往復。10時半頃には麻酔液が空になったが、麻酔を抜く時間を繰り上げると聞いていたし、3時間後に痛くなるというのは本当かどうか確かめてみたくて黙っていた。
12時半頃、看護師さんが麻酔ストップの処置をしてくださる。午後1時半から時計のように正確に腹痛が始まる。足の付け根から真横に走る感じの、強くて絶え間ない痛み。午後3時半、吉野内先生は我慢しなくてもいいと言ってくださるが、痛み止めはひとまず辞退。
とはいうものの痛み始めて3時間半でギブアップ。午後5時に座薬を入れてもらって楽になる。
麻酔科のドクターが来られる。ホントによく寝ていたらしい。
▼UAE3日後
午前10時、不要になった麻酔の針が抜かれる。吉野内先生の診察を受け、出血は心配するほどではなく外来治療も不要。2日後の退院が決定する。
午後、この度の最高体温38.1度を記録する。体温計がそれを知らせてくれるからわかるが、身体のどこも苦しくない。今日の痛みは、おなかを丸く取り囲むような感じがする。
▼UAE4日後
今日は主に右腹部が痛い。
▼UAE5日後(=退院当日)
放射線科のドクターが経過を見に来てくださる。
6日ぶりに入浴。
カテーテルを刺した大腿部の位置を確かめようにも、すでに傷跡が見えない。回診後退院。
以上が退院当時の記録です。
なお、退院後の状況などを併せてお知らせします。
▼家事、自動車運転
退院した日から。
▼労働
退院翌日(UAE6日後)職場に出勤。
▼検診
退院後1週間、1か月、3か月、半年、1年後に受診。
縮小率は、平均をやや下回る程度とか。
▼月経の再開
UAEから33日後、最終月経から数えて42日後に再開。
卵巣動脈が塞栓されずにすんだことが確認できた。
▼症状の変化
月経量は以前よりも劇的に減少し下腹部痛がなくなった。
頻尿感はいつのまにか解消していた。
▼生命保険の給付
手術・入院(サルウサギは5日目以降)給付金を申請、受け取った。
▼いま思うこと
UAEを受けてよかったと思っている。
誰もが持っているのに見過ごされがちな、個々の患者に特有の身体・心理状況を真剣に受け止めてくださったことは大変ありがたくうれしかった。
また、スタッフの皆さんが診療科の枠を超え連携・協力して高度の医療サービスを提供してくださったことは大きな驚きと喜びであった。
子宮筋腫に対する治療法の一つ、UAEを医師から患者にすべからく提示する日が一日も早く実現してほしいと期待している。
平成16年9月に子宮筋腫岡山UAEセンターにてUAEを受け、翌年5月に妊娠、平成18年2月8日に国立岡山医療センターで自然分娩により3050gの男児を出産しました。
出産自体は1時間45分のスピード出産でしたがその後胎盤がはがれず、大出血し輸血をしました。癒着胎盤でした。
産後、出血が止まらなければ止血のための再UAE、それでもだめなら子宮摘出と言われ頭が真っ白になりました。幸い輸血で出血は止まり安心したのもつかの間、もし残った胎盤に血流があれば、やはり再UAE→取れるのを待つ→だめなら子宮摘出と言われ祈る思いで産後入院生活を送っておりました。
二回UAEを受けるとかなり卵巣がダメージ受けるのではないかとか、いくら子供ができたとはいえ子宮摘出なんて絶対嫌だと頭の中は不安だらけでしたが、検査の結果残された胎盤に血流がないことがわかり、現在は経過観察中です。
平成15年九州の病院にて妊娠と同時に筋腫発見。筋層内筋腫で、妊娠中に増大し7cm大と10cm大になり、残念ながら16週目で子宮内胎児死亡しました。
以下はこれまでの経過です。
平成15年九州の病院にて妊娠と同時に筋腫発見。筋層内筋腫で、妊娠中に増大し7cm大と10cm大になり、残念ながら16週目で子宮内胎児死亡しました。
二度と同じ思いはしたくなかったので核出術を希望しましたが、大きな方の筋腫の場所が悪い為手術が難しく、さらに術後癒着により不妊になることもある、再妊娠しても流産するようなら最後の手段で核出術と言われました。
直後岡山に引越し、一からの病院探しのなか核出術を勧める病院が多くてとても悩みましたが、子宮も残せて妊娠の可能性も残せるUAEを選びました。
流産後、筋腫は変性していたのでUAEの効果が少ないですが、5cm大と7cm大になり僅かながら子宮内腔に隙間ができました。UAE後生理不順、無排卵にもなりましたが術後8ヶ月で自然妊娠しました。
妊娠中はひたすら安静にしていた甲斐あり、経過は順調で、筋腫の増大もなく、ほぼ満期で出産。当初、筋腫が子宮口付近にあり、帝王切開と言われてましたが何故か突然移動し臍の横まできたので下から産むことができました。どこの病院でも頚部の筋腫だと言われていたのでこれには驚きました。
拳児希望の方を怖がらせてしまったかもしれませんが、とても貴重な体験をしたと思うので投稿します。UAEと癒着胎盤の関係については専門家にお任せします。
産後の胎盤トラブルには驚いてしまいましたが、無事に子供を授かることができてとても嬉しいです。この先大事に育てていきます。
様々な先生との出会いによりここまでこられました。UAEセンターの吉野内先生、田頭先生、岡山医療センターの先生、九州での先生全ての先生に感謝しております。本当にありがとうございました。
もし子供ができなかったとしても、悩み抜いて選んだ方法だったので後悔はなかったと思います。
痛みの度合いって人それぞれでしょうけど、私の場合生理痛がひどいので、その中でも特にひどい位な感じでした。
三日目はあれ?昨日までのあの痛みは?という程楽になり、人間の持つ回復力に感動しました。
日曜日の夕方頃から翌朝まで、お腹の痛みが一気に激しくなり、どうにもならない痛みに油汗を流しながら辛く長い一夜を過ごしました。
何度も繰り返す痛みに神経がささくれ立ち、痛みに対する忍耐力が無くなっていき、明け方にはクタクタで半べそ状態・・・更に麻酔の影響で腸の動きが悪くなり、ガスがパンパンに溜まって苦しむことに・・・。
ところが、月曜日の夕方にはほとんど痛みが消えていました。ある地点を越えると、劇的に楽になると説明されていましたが、本当にそうなんだと身を持って実感しました。
UAE中に自分がされていることを画面を見て説明してもらえるというのは、とても不思議な気がしましたが、おかげで自分の受けた治療に関して何の疑問もありませんから、理想的な治療だと思います。
痛み止めの副作用で吐き気があり、あまり食事が食べられなかったことが残念でした。
この病院は、入院する前からメールでずっとやりとりをさせて頂けるので、遠方の私にとっては心強く、入院したとたんから、もう私のことを知ってくださっていることにありがたい思いで一杯でした。
UAE後二日間は覚悟していたとはいうものの痛みで苦しかったのですが、皆さんの励ましで頑張ることが出来ました。
UAE後一ヶ月
驚くほど生理の量が減り、生理痛もなくなり、今までは何だったの?というほど楽になりました。
お腹のぽっこりもなくなり、傷跡もできることなく切らなくて本当に良かったです。
UAE後六ヶ月
術後48時間は想像以上に辛く、このまま退院できないのでは?と弱気にもなりましたが、それを過ぎるとウソのように楽になり、退院後もすぐに、いつも通り仕事ができました。
UAE後一ヶ月
術後一回目の生理から、生理痛もほとんどなくなり、あの苦しんだ日々がウソのようです。
UAE後六ヶ月
吉野内先生、田頭先生、
梅雨あけが待ち遠しいこの頃ですが、先生方、スタッフのみなさまお変わりありませんか。
1月末にUAEでお世話になった、徳島の○○です。
お陰様でその後異常なく、大生理痛からも大出血からもとたんに解放されました。
今は、生理中であることをまったく忘れるほどで、バリバリ仕事できています。
以前は、最低3日間は、座薬も飲み薬も効かず、夜中は痛みで眠れなかったり、
昼間は大出血でクラクラしたり、薬のせいで胃が痛くなったり・・・・・・ベッドでうめいていましたが。
あんなに苦しいのを我慢していたのは・・・・・何だったんでしょう〜。
もっと早くお世話になっていればよかったです。人生損してました。
生理は毎回順調に来ています(2〜3日早いことも)が、痛みもほとんど感じず、
すこしお腹が重だるい程度で、出血もほんとうに少ないです。
1、2日すこし出血して、後2日ぐらいはほんのわずかになり、5日程度で終わります。
(少なすぎる気もしますが。)
それ以外は、不正出血、おりものの異常などはありません。しぼんだ筋腫?が堕ちてきたこともありません。